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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)792号 判決

控訴人 岡本カイ

被控訴人 橋本国光

主文

一  原判決をつぎのとおり変更する

二  被控訴人は控訴人に対し金一四、五五四円一銭及び内金二、七七一円一六銭に対する昭和三四年一一月一日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと

三  控訴人その余の請求を棄却する

四  訴訟費用は第一、二審を通じ一〇分しその一を被控訴人の負担とし、その九を控訴人の負担とする

五  主文二は控訴人において金三、〇〇〇円の担保を供するときは、かりに執行することができる

事実

控訴人は「原判決をつぎのとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し金九四、二四三円九〇銭及び内金六四、六二五円四七銭に対する昭和三二年一一月一日から完済まで年五分の割合による金員、並びに、昭和三二年一月一日から同三四年四月二四日まで一ケ月金一、六一八円五〇銭の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、控訴人において、当審証人田中孝祐、沢秋利、清田徳太郎の各証言を援用した外は、原判決に書いてあるとおりである(たゞし、原判決二枚目裏二行の「三、五八七円八一銭」は「三、五八八円八一銭」の誤記と認めて訂正する。)。

理由

一  控訴人が昭和一三年五月、所有の八代市古閑浜町字岡本新地一番地の四宅地一〇七坪九合を、精米製粉工場建築の目的で被控訴人に賃貸し、被控訴人は以来同宅地上に同工場を建築所有して使用し(この点原審検証の結果により認める。)昭和一七年から賃料を年に玄米二俵一斗九升八合の米価換算額とし、これを毎年その年の一二月二五日に支払うこと定めたこと、昭和二三年度の玄米二俵一斗九升八合の米価換算額が金三、五八八円八一銭であることは当事者間に争がなく、右宅地の実測面積が一〇一坪五合二勺であることは原審鑑定人荒巻延夫の鑑定の結果当事者弁論の全趣旨に徴し明らかである。

二  本件宅地の賃料が昭和二五年七月一〇日まで地代家賃統制令(以下統制令と書く)の適用を受けたこと、及び同年同月一一日以降同令の適用を受けないようになつたことは、統制令(関係改正法令を含む)の解釈上疑がなく、したがつて、本件宅地の昭和二三年一月一日から同年一〇月一〇日までの賃料は、前示米価換算額により、金二、七八二円五五銭(昭和一五年一〇月一九日勅令第六七八号第三条第一項第二号、統制令第四条、昭和二三年物価庁告示第一、〇一二号参照)であり、昭和二三年一〇月一一日から昭和二四年五月三一日までの本件賃料は、右の告示の適用を受けて、同告示所定の地代をもつて本件の賃料と見るべく(原審鑑定人沢秋利の鑑定の結果と同告示とを総合し、本件宅地の賃料は一坪につき一ケ月金四八銭である)また昭和二四年六月一日から同二五年七月一〇日までは昭和二四年物価庁告示第三六八号の統制に服することは当然であるが、統制令第五条に基き統制額を修正する告示によつて地代の停止統制額が増額されたからといつて法律上当然賃料が自動的に増額された統制額(新統制額)まで増額されるものではないが、しかしまた格別の事情のないかぎり、賃貸借当事者は右新統制額をもつて賃料とする暗黙の意思を有するものと推認するのが相当であるから、昭和二四年六月一日から昭和二五年七月一〇日までは、右告示第三六八号所定の地代の額をもつて本件の賃料とすべきである(同告示と前示沢秋利の鑑定の結果によれば本件宅地の賃料は、一坪につき一ケ月五三銭である)。ところで、賃料の統制がなくなつたからといつて、特段の事情のないかぎりその前に約定された前示米価換算額の賃料が当然に復活するものではなく、また賃貸人の適法な賃料増額の意思表示がないかぎり、統制の廃止とともに賃料が相当額まで増額されるものでないことは、借地法第一二条の解釈上容疑の余地がないので、前示統制の廃止後も廃止直前の賃料が控訴人が被控訴人に対し賃料増額の請求をした昭和二九年八月まで引き続いて存続したといわなければならない。この点原判決の説示を引用する。そして、控訴人の右増額請求によつて本件宅地の賃料が昭和二九年九月一日以隆一坪につき一ケ月金三円三五銭に増額されたことは原判決認定のとおりであり、この認定に反する(原判決が排斥した証拠の外)当審証人田中孝祐、清田徳太郎の各証言は原審鑑定人沢秋利の鑑定の結果と対照し採用しない。

三  以上各認定説示の事実によると、本件宅地の賃料は、つぎのとおりである。すなわち、(一)昭和二三年一月一日から同年一〇月一〇日までの分は、先に認定したとおり金二、七八二円五五銭。(二)昭和二三年一〇月一一日から昭和二四年五月三一日までの分は計金三七四円四銭。(三)昭和二四年六月一日から昭和二九年八月三一日までの分は計金三、三八九円四〇銭。(四)昭和二九年九月一日から昭和三四年四月二四日までの分は計金一八、九七七円二銭。以上合計金二五、五二三円一銭である。

四  成立に争のない乙第二、三号証原審証人荒木ソデ、伊藤ちきの各証言、及び当事者弁論の全趣旨によれば、被控訴人は控訴人が統制額による本件宅地の賃料の受領を拒絶し、たとえその後これを現実に提供しても受領しないことが明白であつたので、昭和二八年一二月三一日までの賃料として同三二年一月九日金五、八四二円を弁済のため供託し、ついで昭和二九年度から昭和三一年度までの三ケ年分の賃料として同三二年一〇月三一日金五、一二七円を弁済のため供託し、いずれもその頃被供託者である控訴人にその旨通知されたことが推認されるところ、昭和二三年一月一日から昭和二九年一二月三一日までの賃料は金六、一一五円五九銭であるから、右第一回目の供託金額はこれに金二七三円五九銭不足するばかりでなく、被控訴人は、昭和三二年一月九日になした弁済供託においては、すでに弁済期の到来している昭和二九年度から昭和三一年度までの三ケ年の賃料も加えて弁済供託すべきであるから、右第一回の弁済供託は弁済の効果を生じないことが明白である。しかし、右供託の事実が控訴人に通知されている以上、少くとも被控訴人が右供託額につき弁済の準備をしていることを債権者である控訴人に通知していることの効果を持続しているものと解すべきであり、また、昭和二九年九月一日以降は理論上は、増額賃料を弁済供託すべきであるけれども賃貸人の一方的になす増額請求の意思表示により、従前の賃料がはたしていか程増額されたかは、これにつき当事者間に合意が成立しないかぎり結局は裁判をまつてはじめて確定するものである以上、特殊の事情のないかぎり賃借人は増額請求前の賃料を弁済供託することによつて、供託額につき一部弁済の効果をうけうるものと解するのが相当である。そして昭和二九年度から昭和三一年度までの従前の賃料による三ケ年の合計賃料額は金一、九三六円八〇銭であるから、昭和二三年一月一日から昭和三一年一二月末日までの賃料として従前の賃料により計算して、被控訴人が金七、〇五二円三九銭を弁済供託すれば、一部弁済の効果を生じないとはいえないので、前示のとおり被控訴人が昭和三二年一〇月三一日金五、一二七円を弁済供託することによつて、第一回の供託金と合わせ金一〇、九六九円を弁済した効果を生じたといわなければならない。

五  控訴人は昭和二三年一月一日から昭和三一年一二月三一日までの本件宅地の賃料を金七六、四六二円二二銭であると主張し、この金員を訴状送達の日(昭和三二年一〇月二四日)から三日内に支払うことを催告し、その期限内に支払わないときは本件賃貸借は解除する旨の条件附解除の意思表示をした(後に、昭和三四年七月一〇日附請求の趣旨訂正の申立書を同日の原審口頭弁論期日において陳述し、右賃料を金六四、六二五円四七銭に減縮した)ことは記録上明白であるが、前示期間内の賃料は金一六、〇六八円五一銭であることは計算上明らかであるから、右催告はあまりにも過大な催告であつて、たとえ正規の賃料を被控訴人が提供しても受領しないことが前示証拠と対照し明認されるので、契約解除の前提としての催告として不適法であるので、右条件附解除の意思表示は無効である。(なお控訴人の右請求の趣旨訂正の申立言に基く賃料の減縮前の昭和三二年一〇月三一日賃料の一部を適法に弁済供託していることは、前説示のとおりである。)したがつて、控訴人と被控訴人間の本件宅地の賃貸借は依然存続しているものというべきであるから、昭和三二年一〇月二七日の経過とともに本件賃貸借が解除されたことを前提し同年同月二八日から昭和三四年四月二四日まで賃料相当の損害金の支払を求める部分は排斥を免れないが、この部分については被控訴人から控訴、附帯控訴の申立がないので、原審認容の範囲内で当裁判所も控訴人の請求を認容する外はない。

よつて、被控訴人は控訴人に対し金一四、五五四円一銭及び原判決認容の内金二七七一円一六銭に対する昭和三四年一一月一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであるから、控訴人の請求は以上認定の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、これと符合しない原判決を変更すべく、民訴第三八六条第九六条第八九条第九二条、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 秦亘 高石博良)

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